介護師からペット業界に転身、犬の美容室COCORONを開業しました。

諦めていた夢に再挑戦

集中制ドッグビジネス科を週4日で通われていた加藤さん。

2016年9月入学、翌年2017年7月に卒業されました。

 

20代の頃トリミングスクールに通われていて、Japan Kennel Clubのトリミングライセンスも取得していたものの、家の都合でトリミングの仕事が出来なくなり、介護の道へと進みました。

 

長年勤めていた仕事を辞めるのをきっかけに、もう一度トリマーの道へと歩み始めました。

 

以前行っていた学校でもう一度学び直そうと思いましたが、始めからまたやり直すのも考え深く、

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第13回 座右の銘は「運は人なり」

立ちはだかった「男社会の壁」

そうして不動産会社の方が見つけてくれた物件は、東京・目黒の大鳥神社近くにあるビルの2階。ガラス張りの店舗物件でした。今までの部屋よりはトリミングサロンに相応しいものの、建物の立地条件や2階であることなどがネックとなり、一旦保留に。そうしているうちに、国道246号線に面した世田谷区池尻の物件(現在の青山ケンネルインターナショナル池尻本店)に巡り合ったのです。
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第12回「カタログ販売」でピンチをチャンスに

第4部「独立開業」の時がきた

勤めていた青山ケンネル株式会社は、その後も発展を続けていました。折しも日本はバブル経済のピークに向かう右肩上がりの時代。あらゆる分野で“国際化”が叫ばれ、愛犬業界も例外ではありませんでした。愛犬家に向けた情報誌『TO YOU』を発行しながら、イギリスやオーストラリア、韓国と海外視察を重ね、外国犬の最新情報を収集し、日本の愛犬家への情報発信を心がけました。

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第11回 「愛犬文化のない日本に犬は出せない」

イギリス・ロンドンでのカルチャーショック

青山ケンネル株式会社が事業を発展・拡張させる中で、海外視察は大きな出来事でした。
イギ リス・ロンドンで毎年3月に行われる「クラフト展」(2000頭が集まる大きなドッグ・ショ ー)を、日本の犬屋さん有志のツアーで観に行ったのが最初です。

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第8回 忘れられない「ルイ」のこと(前編)

第2部 汗と涙にまみれた修行時代

「無我夢中」の修行時代ではありましたが、中には忘れられないほど“痛い”思い出もあります。たとえば、お客様が飼うことができないような犬を販売してしまったケース。健康で立派に育つ犬の条件として「スタンダード」はわかったけれども、それだけで十分ではありませんでした。犬種によっては成犬になると日本の住環境では飼うことが難しい犬があることを、よくわかっていなかったのです。

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第7回 「無給の強み」を生かした

第7回 「無給の強み」を生かした

「無給時代」に得たことは、ほかにもあります。当時住んでいた三宿からほど近い下北沢に、「聚犬荘(しゅうけんそう)」という、アメリカから犬を輸入し、繁殖なども手がけていた業者がありました。そこは日本中から多くの犬屋さんが仕入れなどのために出入りしていたところです。青山ケンネル渋谷店で修行する傍ら、午前中だけ聚犬荘に通った時期がありました。

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第6回 仔犬はどこを見ればいい?

第6回 仔犬はどこを見ればいい?

たとえば土曜や日曜は、犬を求めに来るお客様が多いから店を決して休みません。犬を売れば売るほど、お客様が私のことを認めてくれるようになり、「商売が面白く」なっていきました。これは遡ればミキモトに勤めていた時代、カタログ販売の仕事を通じ、顔も知らぬ地方のお客様から感謝のお手紙をいただいたのと同じ「ありがとう」が、その場で返ってくるような経験でした。犬を販売してお付き合いが始まれば、「じゃあトリミングもお願い」と“お客様とのつながり”ができ始めます。

これ、面白いな──素直に、そう思いました。

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第5回 「自分の店と思いなさい」

第5回 「自分の店と思いなさい」

もう一つ悩まされたのが、「毛」の処理です。夏には風の通りをよくするため、店の戸を開け放ちます。すると、毛が舞い上がってあちこちに飛んでいく。近所のパン屋さんから「毛が入ってくるからどうにかならないか」と何度もクレームがありました。そのことから、この商売は、飲食店との共存は無理だと実感したものです。

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